東京高等裁判所 平成8年(行ケ)173号 判決 1997年9月11日
東京都中央区日本橋1丁目13番1号
原告
ティーディーケイ株式会社
同代表者代表取締役
佐藤博
同訴訟代理人弁理士
倉内基弘
同
風間弘志
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 荒井寿光
同指定代理人
小林正巳
同
松島四郎
同
吉村宅衛
同
小池隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成7年審判第13601号事件について平成8年6月18日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和62年11月12日、名称を「磁気テープカセット」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(昭和62年実用新案登録願第172020号)をしたが、平成7年4月24日拒絶査定を受けたので、同年6月30日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成7年審判第13601号事件として審理したが、平成8年6月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月24日、原告に送達された。
2 本願考案の要旨
上側ケース及び下側ケースより成るカセット本体の前面開口部に前記下側ケースより垂直に伸延して磁気テープの幅全面に対する支持面を提供する下側案内リブと、前記下側案内リブの背面に沿って前記上側ケースから垂直に伸延して前記下側案内リブを支持している上側案内リブとを有する形式の磁気テープカセットに於て、前記下側案内リブの前記磁気テープに面する側に、テープ走行方向に対して垂直に伸延する凸部を、実質的に前記案内リブの高さ全体に渡り一本以上形成したことを特徴とする磁気テープカセット。(別紙図面参照)
3 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)記載のとおりであり、審決は、本願考案は、引用例1及び引用例2に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものと判断したものである。
4 審決を取り消すべき事由
審決書2頁2行ないし17行(本願考案の要旨認定)、同2頁18行ないし9頁9行(引用例の記載事項の認定)、同9頁10行ないし10頁18行(一致点、相違点の認定)は認める。
同10頁19行ないし13頁3行(相違点についての判断)のうち、10頁19行ないし11頁末行「り)、」までは認め、その余は争う。
同13頁4行ないし8行(結論)は争う。
審決は、相違点についての判断及び効果についての判断を誤った結果、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(相違点についての判断の誤り)
審決は、「当該「テープたるみ防止部材」に前記テープの静電気張付きの問題があれば、当該「下側案内リブ」にも同様の問題が生じることもまた、当業者に自明と解きれるところ、引用例2は、このテープ張付き問題の解決手段として、前記「テープたるみ防止部材」・・・の・・・テープ走行方向に対して垂直に延伸する・・・凸部を一本以上設けることが有効であることを教示している(第8図・・・によると、・・・凸部は、上、下側壁10、11を合わせた高さ・・・全体に渡り形成されている。)。そうすると、後者(引用例1)の磁気テープカセットについても、同じく静電気による磁気テープの高速走行時の張付き防止効果をねらい、引用例2記載のものと同様、その「下側案内リブの磁気テープに面する側に、テープ走行方向に対して垂直に伸延する凸部を、実質的に前記案内リブの高さ全体に渡り一本以上形成」することは当業者がきわめて容易に想到し得る程度のことに過ぎ」ない(審決書11頁末行ないし13頁1行)と判断するが、誤りである。
<1> 引用例2の案内リブ上の凸部は上下に分割され、中央部で付き合わせた状態になっている。引用例2の凸部(規制突縁16)は、「それの先端部は磁気テープ4を傷つけないように丸味がつけられているかあるいは面取りされている。」(甲第5号証5頁17行ないし19行)が、そうすると、上下凸部の突き合わせ先端部の間に隙間が生じてしまうし、また、ケースの組立て時に位置ずれや段差が生じやすく、その結果、特に磁気テープの高速巻き取り、巻き戻しに際し、上記凸部の突き合わせ部分において、テープ中央部に損傷を与えてしまう。引用例2は、この問題に対する認識を欠いていたものである。
そして、引用例1には、このような問題点の認識は何ら存在しない上、案内リブがテープ走行方向に連続しているのみであり、案内リブに凸部は形成されていない。すなわち、引用例1には、凸部を連続することの理由がないどころか、凸部への言及さえない。そして、引用例2にも、凸部を連続とすることの理由も記載がない。したがって、引用例1と引用例2とを組み合わせて本願考案を想到することが当業者に極めて容易になし得たものとは到底考えられない。
<2> 審決は、引用例1においては磁気テープの張付きによる走行不良の問題が存在することが明らかであるから、これに張付きの問題を解決する引用例2の技術を補足すれば本願考案が極めて容易に導けたものとの論理を展開しているが、本願考案は、引用例2の張付きの問題解決を前提にした上で、テープを損傷するおそれなく排除するという技術的課題を解決したのであるから、この技術的課題を無視した審決の論理は具体的妥当性に欠けるといわざるを得ない。
また、被告は、本願考案の構成に当たり、あえて凸部を不連続のものとすべき理由は全くない旨主張するが、引用例2に記載された規制突縁16(凸部)は上側壁10と下側壁11に形成して付き合わせ状態で使用されるほか、上側壁10と下側壁11の一方のみに形成させる場合もあり(甲第5号証7頁1行ないし3行)、テープ傷、変形等の発生の問題に気が付かなければ接触摩擦を減らす上では規制突縁16(凸部)は全体ではなく部分的に存在する方が良いとも考えられないわけではない。したがって、引用例1から出発する審決の論理に従ったとしても、被告のこの点の断定は合理的ではない。
(2) 取消事由2(効果についての判断の誤り)
審決は、「それにより、引用例1~2からは予測できない格別顕著な効果が奏せられたものとも認められない」(審決書13頁1行ないし3行)と判断するが、誤りである。
本願考案は、凸部を形成することにより磁気テープが凸部に集中的に接触し易くなり、磁気テープ傷や変形の問題が拡大しているものを上下に連続した凸部を形成することにより解決したものであり、本願考案の作用効果は予想を超えたものである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 取消事由1について
<1> 原告は、引用例2の張付きの問題解決を前提にした上で、テープを損傷するおそれなく排除するという技術的課題を解決したのであるから、この技術的課題を無視した審決の論理は具体的妥当性に欠ける旨主張するが、当事者間に争いがない審決の一致点、相違点の認定によれば、本願考案と引用例1記載の考案とは、「上側ケース及び下側ケースより成るカセット本体の前面開口部に前記下側ケースより垂直に伸延して磁気テープの幅全面に対する支持面を提供する下側案内リブと、前記下側案内リブの背面に沿って前記上側ケースから垂直に伸延して前記下側案内リブを支持している上側案内リブとを有する形式の磁気テープカセット」に係る点で同一であり、相違点は、本願考案にあっては、「前記下側案内リブの前記磁気テープに面する側に、テープ走行方向に対して垂直に伸延する凸部を、実質的に前記案内リブの高さ全体に渡り一本以上形成した」ことを考案の必須の構成とするところ、引用例1記載の考案にあっては、そのような構成は採用されていない点のみにすぎない。
こうした状況下、引用例2には、「上ケース2に設けられた上突縁9と、平面上の上側壁10と、下ケース3に設けられた平面上の下側壁11と、下突縁12とから構成され」(甲第5号証2頁17行ないし19行)る、凹凸が形成される前の「テープたるみ防止部材」は、それを構成する上側壁10、下側壁11がともに平面状になっているため、その近傍を高速で走行する磁気テープが上、下側壁10、11に静電気的に張り付いて当該テープの走行性が悪化するという問題を有する(同3頁5行ないし10行、及び、第4図参照)ことが記載されている。ここで、当該「テープたるみ防止部材」は、その機能上、引用例1記載の考案の「下側案内リブ」に相当することは当業者に自明であり、当該「テープたるみ防止部材」に前記テープの静電気的張付きの問題があるならば、当該「下側案内リブ」にも同様の問題が生じることもまた、当業者に自明と解されるところ、引用例2には、このテープ張付き問題の解決手段として、前記「テープたるみ防止部材」の磁気テープの走行方向に対して垂直に延伸する凸部を一本以上設けることが有効であることを教示している。仮に、原告主張のとおり、引用例2記載の考案の第8図の態様に関し、上下ケース2、3の合着時、上側壁10の凸部と下側壁11の凸部との合わせ目にバリが発生し、このバリがテープを損傷する問題を生じ、それを避けるため、前記両凸部間に隙間を形成した場合には、テープの変形の問題が引き起こされる等の問題が生じるものだとしても、引用例2が「上側壁10と下側壁11に設けられ、これら両壁が合着した際合わせて一本となる凸部を設けることが、テープの静電気的張付き防止に有効であること」を教示しているのは厳然たる事実である。
そうすると、同じくテープの静電気的張付きの問題を抱えることが自明の引用例1記載の考案の磁気テープカセットに対しても、その問題解決をねらい、引用例2記載のものと同様、その「下側案内リブの磁気テープに面する側に、テープ走行方向に対して垂直に伸延する凸部を、実質的に前記案内リブの高さ全体に渡り一本以上形成」することは当業者が極めて容易に想到し得る程度のことにすぎない。そして、引用例2における凸部が「上下合わせて一本」であるのは、上側壁10と下側壁11の各々に設けられた凸部の合体に由来するものであるところ、引用例1記載の考案の磁気テープカセットの「下側案内リブ」は当初から一体のものとして存在するのであり、そこに「合わせて一本」の凸部を形成する際、あえて凸部を不連続のものとすべき理由は全く存在しない。
したがって、審決の相違点についての判断に誤りはない。
(2) 取消事由2について
「案内リブへの磁気テープの静電気による張付きを、テープを損傷する恐れなく排除し得る磁気テープカセットを提供する」(甲第2号証3頁17行ないし19行)との本願考案の効果は、引用例1及び引用例2の記載から当業者が極めて容易に採用し得る構成を採用すれば直ちに奏される程度を越えるものとはいえないから、それをもって格別予期せざる顕著な効果とまでいうことはできない。
したがって、審決の効果の点についての判断にも誤りはない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)及び同3(審決の理由)については、当事者間に争いがない。
そして、審決書2頁18行ないし9頁9行(引用例の記載事項の認定)、同9頁10行ないし10頁18行(一致点、相違点の認定)は、当事者間に争いがない。
2 原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 取消事由1について
<1> 審決書10頁19行ないし13頁3行(相違点についての判断)のうち、10頁19行ないし11頁末行「り)、」までは当事者間に争いがない。
<2> 引用例2には、「従来のテープカートリッジでは、テープたるみ防止部材8の上側壁10ならびに下側壁11がともに平面状になっているため、その近傍を高速で走行する磁気テープ4が上、下側壁10、11にはり付いて磁気テープ4の走行性が悪くなることがある」(審決書7頁3行ないし8行)と記載されていることは、前記説示のとおりである。そうすると、同様の構造を有する引用例1の「下側案内リブ」にも同様の問題があることは、当業者にとって自明のことであると認められる。
そして、引用例2に、「第6図ないし第8図は、本考案の第1実施例を説明するための図で……上、下側壁10、11ともそれの左右端には縦形、すなわち磁気テープ4の走行方向と直行する方向に延びた規制突縁16が設けられ……ている。」(審決書8頁8行ないし13行)と記載されていることは、前記説示のとおりであり、この記載によれば、引用例2は、テープたるみ防止部材における走行テープの吸着を防止するために、磁気テープの走行方向と直行する方向に延伸する凸部(規制突縁)を設ければよいという技術的思想を示していると認められる。さらに、甲第5号証によれば、引用例2の第8図には、凸部(規制突縁)を上、下側壁10、11を合わせた高さ全体に渡り形成されていることが示されていることが認められる。
そうすると、引用例1記載の考案の磁気テープカセットについても、静電気による磁気テープの高速走行時の張付き防止効果を持たせるために、引用例2に記載の技術的思想を適用して、引用例1の下側案内リブの磁気テープに面する側にテープ走行方向に対して垂直に伸延する凸部を、実質的に前記案内リブの高さ全体に渡り一本以上形成することは当業者が極めて容易に想到し得る程度のことと認められる。
なお、前記のとおり、引用例2においては、上側壁と下側壁に別個に設けられた実施例の規制突縁(凸部)は上下に分割され、中央部で突き合わせた状態になっているが、このことが、引用例1記載の考案に引用例2記載の技術的思想を適用することを妨げるものとは認められないし、また、前記のとおり、引用例1記載の下側案内リブは上側案内リブに直接衝合し、リブの面には切れ目がないものであるから(審決書5頁7行ないし9行)、そのような引用例1に記載の案内リブに凸部を設けるに当たり、凸部を上下に分割して形成しなければならないという理由が存在するものとも認められない。
<3> 原告は、引用例2に記載された規制突縁16(凸部)は上側壁10と下側壁11に形成して付き合わせ状態で使用されるほか、上側壁10と下側壁11の一方のみに形成させる場合もあり、テープ傷、変形等の発生の問題に気が付かなければ接触摩擦を減らす上では規制突縁16(凸部)は全体ではなく部分的に存在する方が良いとも考えられないわけではないから、被告の凸部を不連続のものとすべき理由は全くない旨の断定は合理的ではない旨主張するが、この点の原告の主張が採用できないことは、上記に説示したところから明らかである。
また、原告は、本願考案は、引用例2の張付きの問題解決を前提にした上で、テープを損傷するおそれなく排除するという技術的課題を解決したのであるから、この技術的課題を無視した審決の論理は具体的妥当性に欠ける旨主張する。
甲第2号証によれば、「(本願)考案の目的は案内リブへの磁気テープの静電気による張付きを、テープを損傷する恐れなく排除し得る磁気テープカセットを提供する事にある。本考案の他の目的は、上下ケースの合着時の案内リブへの磁気テープの噛込みを回避し得る磁気テープカセットを提供する事にある。」(3頁17行ないし4頁3行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、本願考案は、上下ケースの合着時の案内リブへの磁気テープの噛込みを回避することもその技術的課題の1つとしていることが認められるから、審決が上記噛込みの問題と同様の問題を解決した引用例1を主引用例として本願考案の容易推考性を検討したことに何ら違法な点はないと認められる。よって、この点の原告の主張は採用できない。
<4> したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2について
原告は、本願考案は、凸部を形成することにより磁気テープが凸部に集中的に接触し易くなり磁気テープ傷や変形の問題が拡大しているものを、上下に連続した凸部を形成することにより解決したものであり、本願考案の作用効果は予想を超えたものであると主張するが、案内リブへの磁気テープの静電気による張付きを、テープを損傷するおそれなく排除し得るとの効果は、本願考案の構成から当然予想できる効果であり、格別予期せざる顕著な効果であると認めることはできない。
したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
平成7年審判第13601号
審決
東京都中央区日本橋1丁目13番1号
請求人 ティーディーケイ株式会社
東京都中央区日本橋3-13-11 油脂工業会館内
代理人弁理士 倉内基弘
東京都中央区日本橋3-13-11 油脂工業会館3階 倉内国際特許事務所
代理人弁理士 風間弘志
昭和62年実用新案登録願第172020号「磁気テープカセット」拒絶査定に対する審判事件(平成1年5月26日出願公開、実開平1-78385)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願は、昭和62年11月12日の出願であって、その考案の要旨は、平成6年7月15日付手続補正書によって補正された明細書及び出願当初の図面の記載から見て、その実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。「上側ケース及び下側ケースより成るカセット本体の前面開口部に前記下側ケースより垂直に伸延して磁気テープの幅全面に対する支持面を提供する下側案内リブと、前記下側案内リブの背面に沿って前記上側ケースから垂直に伸延して前記下側案内リブを支持している上側案内リブとを有する形式の磁気テープカセットに於て、前記下側案内リブの前記磁気テープに面する側に、テープ走行方向に対して垂直に伸延する凸部を、実質的に前記案内リブの高さ全体に渡り一本以上形成したことを特徴とする磁気テープカセット。」
これに対して、原査定の拒絶理由に引用した実願昭53-160730号(実開昭55-79488号)のマイクロフィルム(以下、「引用例1」という。)には、「上ケース及び下ケースより成り、磁気テープがケースの前面において一旦ケース外部に出て浅い溝形の案内リブにより案内される形式のテープカセットにおいて、前記案内リブは下ケースより垂直に延びて磁気テープ幅全面に対する支持面を提供する下側案内リブと、前記下側案内リブの背面に沿って上ケースから垂直に延びて前記下側案内リブを支持している上側案内リブとより成る、テープカセット。」(実用新案登録請求の範囲)に係る考案が記載され、同時に、「従来、カセット形式の磁気ビテオテープには大別して2種類あるが、そのうちVHS形式のビテオテープは第1図のような構造を有する。すなわち、下側ケース1と上側ケース2とが相補形態に形成され、……上下ケースの前面には磁気テープを外部に案内するための手段が設けられている。下側ケース1は……ピンの間に案内リブ5を有する。……リブ5の面は垂直なテープ案内面を構成している。同様に上側ケース2には案内リブ7……を有する案内リブ5、7は第2図に示すように、上下ケース1、2が合体されたときに両ケースの中心平面11において丁度衝合するようになっている。磁気テープTは案内リブ5、7が作る垂直平面により案内される。」(1頁下から2行~2頁19行。なお、上記「案内リブ7……を有する案内リブ5、7は」との部分は、その前後の記載より判断して、「案内リブ7……を有する。案内リブ5、7は」の誤記と解される。)、「上記の構成はカセットの組立てにおいて重大な支障を来すことが分かった。すなわち、磁気テープは巻ハブに巻かれて下側ケース1の所定位置に収納され、テープの一部は案内ピン3、4のところから外に出されて案内リブ5の前に通される。次に上側ケース2が第2図のように合体されるのであるが、磁気テープTは平面11よりも上に出ているから、案内リブ7が下りて来るときに磁気テープを案内リブ5の上縁に挟んでしまうことが往々にして起こる。」(2頁20行~3頁9行)、「本考案はこのようなテープのリブによる噛みの問題を解決することを意図するものであり、下側案内リブを下側ケースがら磁気テープ全幅に延在させ、この案内リブの裏面を上側ケースから垂下する上側案内リブにより支持することによりこの問題を解決した。」(3頁10~15行)、「以上の構成であるから、先ず下側案内リブ12はその裏面を上側案内リブ14により支持されて案内面の垂直性を保ち、また機械的に補強される。次に、下側案内リブ12の面は上側案内リブ15に直接衝合するから、リブ12の面には切れ目がなく、磁気テープの案内に都合がよい。さらに重要なことはカセットの組立てが容易となり、磁気テープの噛みの問題がなくなることである。」(4頁7~14行)との各記載がなされている。
また、同じく原査定の拒絶理由に引用した実願昭57-114765号(実開昭59-20487号)のマイクロフィルム(以下、「引用例2」という。)には、「前面にテープたるみ防止部材を突設したケース本体と、そのケース本体に収容され一部がケース本体の前面に沿って露出して前記テープたるみ防止部材に掛合可能に配置されたテープとを備えたテープカートリッジにおいて、前記テープたるみ防止部材のテープと対向する面に凹凸を形成したことを特徴とするテープカートリッジ。」(実用新案登録請求の範囲)に係る考案が記載され、それとともに、「本考案は、VTR用磁気テープカートリッジなどのテープカートリッジに係り、特にカートリッジケース本体の前画に突設されたテープたるみ防止部材に関するものである。」(1頁13~16行)、「ケース本体1から露出したテープ部分がテープカートリッジの不使用時にたるむのを防止するため、ケース本体1の前面には1個あるいは複数個のテープたるみ防止部材8が突設されている。このテープたるみ防止部材8は第1図および第4図に示すように、上ケース2に設けられた上突縁9と、平面状の上側壁10と、下ケース3に設けられた平面状の下側壁11と、下突縁12とから構成され、上突縁9と下突縁12とは上下方向で対向している。このテープカートリッジでは磁気テープ4の早送りあるいは巻戻しのときには、第1図および第4図に示すように磁気テープ4はテープたるみ防止部材8と対向した状態で高速走行される。」(2頁12行~3頁4行)、「ところで従来のテープカートリッジでは、テープたるみ防止部材8の上側壁10ならびに下側壁11がともに平面状になっているため、その近傍を高速で走行する磁気テープ4が上、下側壁10、11にはり付いて磁気テープ4の走行性が悪くなることがある。……すなわち、ケース本体1を成形するときに成形に支障のない限りの帯電防止剤が混入され、成形したケース本体1の表面には帯電防止剤が滲出している。一方、磁気テープ4の早送りあるいは巻戻しのときには磁気テープ4とテープたるみ防止部材8の上、下側壁10、11とは若干の隙間をあけて離れているが、磁気テープ4の高速走行のためそれがばたつき、走行中の磁気テープ4が上、下側壁10、11と接触する。この接触で上、下側壁10、11の表面に滲出している帯電防止剤が拭い取られ、帯電防止効果がなくなってしまう。そして走行している磁気テープ4とテープたるみ防止部材8との接触、あるいは(および)走行している磁気テープ4とその近傍の空気層との摩擦などによって、磁気テープ4が上、下側壁10、11側に静電気的に吸着されてしまう。」(3頁5行~4頁12行)、「本考案の目的は、このような従来技術の欠点を解消し、テープの走行性が安定した信頼性の高いテープカートリッジを提供するにある。」(4頁19行~5頁1行)、「第6図ないし第8図は、本考案の第1実施例を説明するための図で……上、下側壁10、11ともそれの左右端には縦形、すなわち磁気テープ4の走行方向と直行する方向に延びた規制突縁16が設けられ……ている。……そして規制突縁16と規制突縁16との間がケース本体1の内側に向けて窪んで、磁気テープ4が接触しない凹部17が形成されている。従って、磁気テープ4の早送りや巻戻しのときそれが多少ばたついても、規制突縁16の先端部のみに接触する程度で、凹部17には接触しないように寸法設計されている。」(5頁10行~6頁7行)、「本考案は前述のような構成になっており、テープたるみ防止部材のテープと対向する面に凹凸を設けたから、仮に走行中のテープがテープたるみ防止部材の凸部に接しても、接触面積が少ないためテープのはり付きがほとんでなく、……しかもテープが接触しない凹部の表面に滲出している帯電防止剤がテープたるみ防止部材の凸部に徐々に補給される形になるから、帯電防止剤による効果が長期間発揮できる。」(7頁4~13行)との各記載がなされている。
そこで、本願考案(前者)と引用例1記載の考案(後者)とを対比すると、後者に係る(磁気)テープカセットの前記「上ケース」「下ケース」「下ケースより垂直に延びて磁気テープ幅全面に対する支持面を提供する下側案内リブ」「前記下側案内リブの背面に沿って上ケースから垂直に延びて前記下側案内リブを支持している上側案内リブ」は、それぞれ、前者に係る磁気テープカセットの前記「上側ケース」「下側ケース」「上側ケース及び下側ケースより成るカセット本体の前面開口部と前記下側ケースより垂直に伸延して磁気テープの幅全面に対する支持面を提供する下側案内リブ」「前記下側案内リブの背面に沿って前記上側ケースから垂直に伸延して前記下側案内リブを支持している上側案内リブ」そのものに相当するから、結局、両者は、「上側ケース及び下側ケースより成るカセット本体の前面開口部に前記下側ケースより垂直に伸延して磁気テープの幅全面に対する支持面を援供する下側案内リブと、前記下側案内リブの背面に沿って前記上側ケースから垂直に伸延して前記下側案内リブを支持している上側案内リブとを有する形式の磁気テープカセット」に係る点で同一であり、相違点は、前者にあっては、「前記下側案内リブの前記磁気テープに面する側に、テープ走行方向に対して垂直に伸延する凸部を、実質的に前記案内リブの高さ全体に渡り一本以上形成した」ことを考案の必須の構成とするところ、後者にあっては、そのような構成は採用されていない点、のみに帰着する。
以下、上記相違点について検討する。
引用例2に関し、前記のとおり、「上ケース2に設けられた上突縁9と、平面状の上側壁10と、下ケース3に設けられた平面状の下側壁11と、下突縁12とから構成され」る、凹凸が形成される前の(すなわち、当該引用例考案の従来技術に相当する)「テープたるみ防止部材」は、それを構成する上側壁10、下側壁11がともに平面状になっているため、その近傍を高速で走行する磁気テープが上、下側壁に静電気で張付いて当該テープの走行性が悪化する問題を有する(第4図参照)のであるが、呼称上の異同はともかく、当該「テープたるみ防止部材」はその機能上、後者(引用例1記載の考案)の「下側案内リブ」に相当することは当業者に自明であり(ここで、後者が、テープがその近傍を高速走行する「案内リブ」を従来の下側ケースに由来する案内リブ、上側ケースに由来する案内リブ両者の衝合物に代え、それのみで磁気テープ幅全面に対する支持面を提供する「下側案内リブ」とした理由が、カセット組立時のテープの噛み防止にあった点は前述のとおり)、当該「テープたるみ防止部材」に前記テープの静電気的張付きの問題があれば、当該「下側案内リブ」にも同様の問題が生じることもまた、当業者に自明と解されるところ、引用例2は、このテープ張付き問題の解決手段として、前記「テープたるみ防止部材」(すなわち、「下側案内リブ」)の磁気テープの走行方向と直行する方向に延びた、すなわち、「テープ走行方向に対して垂直に延伸する」規制突縁16、すなわち、凸部を一本以上設けることが有効であることを教示している(第8図参照。当該図によると、前記突縁、すなわち凸部は、上、下側壁10、11を合わせた高さ(すなわち、後者の「下側案内リブ」の高き相当分)全体に渡り形成されている)。
そうすると、後者の磁気テープカセットについても、同じく静電気による磁気テープの高速走行時の張付き防止効果をねらい、引用例2記載のものと同様、その「下側案内リブの磁気テープに面する側に、テープ走行方向に対して垂直に伸延する凸部を、実質的に前記案内リブの高さ全体に渡り一本以上形成」することは当業者がきわめて容易に想到し得る程度のことに過ぎず、かつ、それにより、引用例1~2からは予測できない格別頭著な効果が奏せられたものとも認められない。
以上のとおりであるから、本願考案は、引用例1~2に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められ、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成8年6月18日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
別紙図面
<省略>